2008年6月 1日

ジャークチキンの作り方 - JERK CHICKEN

先日、家庭でジャークチキンを食べた。うまい、しかし、何か本物と違う。ジャマイカで本物の日本食に近づけるのが難しいのと同様、日本でジャークチキンを再現するのもの難しい。そもそも、鶏肉が違うというのもあるかもしれない。

ジャマイカのパトワで「リクル」(ちょっとという意味)を連発するラスタおじさんの解説でジャークチキンの作り方を勉強してみよう。

その前に、英語(パトワ)と予備知識の勉強をしておこう。

リクル・・ ちょっと
マルーン・・ ジャマイカ原住民の部族の名前あるいは地名。マンデビルから車で30分くらいにアップルトン工場があるが、その先に見える山のあたり。マルーンフェスティバルは有名
ワーカーズウッド・・ 市販のジャークスパイス、宣伝?
スコッチボネット・・ 外せない、ナンバーワンスパイス
ピメント・・ スパイス、ナイス
ギャーリック・・ ガーリック、にんにく
ホンドレッド・・ ハンドレッド、100
ヤアマン・・ おっけー
ナイス・・ うまい
ノオ・・ ナウ、じゃあ、さぁ
ロク・・ ルック、見てください

オーブンで焼くのかよっと突っ込みたくなるが、炉辺で売っているのは、ドラム缶式グリルで炭火焼するのだが、家庭で作るのはオーブンで作るのが現実的。

スローリィ バット シュアリィ・・ 
ゆっくり、だけど、しっかり。ジャマイカ人はこの言葉が気に入っている人が多い。

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2008年5月30日

Irie FM

先日ジャマイカの時の友達と飲みに行ったらレゲエの話しになった。みんな最新のものはチェック出来ていないと言っていた。

そうするとIrieFM(ジャマイカのラジオ番組)でチェックすれば?という提案があったので、チェックしてみた。

手作り感いっぱいのピカピカのページになっており、なんかジャマイカが懐かしくなりました。僕が派遣されていた学校のページもピカピカだった。

ジャマイカ人の同僚、Mr.フォスターがお昼にパソコンからラジオを聴いていたので、タダなのかなと思ったら購読しないと、聞けないみたいです(30日6ドルから)。

Irie FM

2008年5月18日

恵比寿でジャマイカ料理

Jamaica Restraunt in Ebisu, Tokyo

先月、ジャマイカで一緒だった友人が仕事で上京してきた。ジャマイカに居た頃の知り合いが集まって歓迎会をしたのが、恵比寿のジャマイカレストランだ。みんな、ジャマイカに居た頃はまずいとか、飽きたとかよく愚痴をこぼしていたものだが、久しぶりに食べたらおいしかった。海外に行けば日本食が食べたくなるし、日本に居れば、海外の食べ物が食べたくなる。それだけの話なんだけど、いざ食べられないと制限されると、そもそもそんなに好きでないものも恋しくなるものなのだ。

このお店、店長は、日本の食品業界でキャリアを積んだ後、ジャマイカ・マンテゴベイで修行を積んで現在に至っているとのことだった。何年かに一度はジャマイカを訪問しているそうで、本場のジャマイカグッズとレゲエDVDとかが流れていて面白い。そもそもお肉がお好きなようだが、それを使わない、ベジタリアンに人気のアイタルフードというものがジャマイカにあるのだが、それをダイエット志向とうまく調和させたメニューもある。僕は、お肉が好きなので、ジャマイカに居た時も食べたことがないんだけど。

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2006年8月29日

さよなら、ジャマイカ

同期の隊員がジャマイカの最大手新聞グレナーに載りました。

2年居た自分がゆうのもなんだけど、Tacacoさんほどのジャマイカサポーターはいないと思いますよ。まぁYasucoさんとかもいるか。いやー、結構いるかも。Tazさんとかも。いやー、もっといるなぁ。共通点はやっぱり、、、。いやー、Shin君がいるよなぁ。よかった。よかった。

寄付金なんかをすると実際どうやって使われているのか全然わからない。発展途上国の人の助けになりたいと寄付をしたくてもそれがちゃんと使われているのかなんて全然わからない。大手では収支決算表なんかを公表しているが。いいことはしたくても、帳簿もつけたこともなければ、WEBページもデザインしたこともない。そうなんで、NGOはよく善良な素人集団なんて呼ばれ方もする。何をしているかわからない団体にお金を寄付するのは正直が気が引けるものです。

まぁ、それはさておき、ジャマイカでは善良な体操大好き青年がいる。彼なんかは単身ジャマイカでゲットーボーイズを更生させてオリンピック選手にしちゃおうなんて無謀な夢の持ち主。そんな彼、近い将来収入がなくなります。でも体操のマットや器具、選手の遠征費などを私費でまかなっています。貧乏な生活をしてでもその夢に向かってひた走る彼。決算報告書もホームページもデザインできませんが、彼のような人に寄付したら直接ジャマイカの貧しい子達の更生に使われると思いませんか?

Shin君の組長日記
最近はあんまり更新してないみたいだけど。

2006年6月27日

ジャマイカから国際郵便を送る

帰国も近づいてきました。荷造りも開始しました。持って帰えりたいものはあまりないんだけど、思い出の書籍だけは日本に送ろうかなぁっと考えていたら、これまで一度も日本に郵送をしたことがないことに気がついた。今更ながらどうやって送ればいいんだろう。過去にも帰国した隊員がいたので小耳には挟んでいたがいざ自分がやるとなると結構戸惑うもんだなぁ。

1.DHLと使う。
2.郵便局を使う。


DHLは自分の任地にないし、取りにもきてくれないので、却下。値段も郵便局の倍以上するらしい。
ということで郵便局。家からタクシーを使って5分、それから徒歩5分。重いダンボールを持ってあるくと、
「チャイナマン、ルックタイアード」(チャイナマン、疲れてるのか?)
なんて声をかけられる。ガキなんかは、チンチョンチャンセイなんていつもの調子。何年住んでも
変わらないんだろうなぁ。

で国際郵便についてなんだけど、自分の不手際で結局3回も郵便局に足を運ぶ羽目になった。
国際郵便を送るためには下記のことに注意しなけらばならない。

1.ID(パスポート、TRN(Tax Registration Number)、JOCVのIDでもOK)
2.ブラウンパーパーで箱を包まなければならない。
3.全部の面に宛名書きをしなけらばならない。
4.税関絡みがあるので、コーヒーの分量には気をつけないとならない。

よく箱を開けられて中身をチェックされるなんて聞くけど、自分の任地であるリンステッドではほぼノーチェックだった。まぁ、コーヒーも入れてなかったけど。

ブラウンペーパーは、リンステッドの本屋には売っているようだが、常に品切れなので、ハーフウェイトリーのヨークファマーシーで購入できる。(1ヤードあたり35JMD)

宛名書きはあらかじめPCをつかって、プリントアウトさせておくと便利。

2006年3月16日

ジャマイカ初の女性首相、今月末にも誕生へ

ジャマイカは発展途上国なんだが、女性の社会進出について言えば日本よりも進んでいる。出産後も働き続ける女性が多い。配属先の校長先生は男性だが、それ以外の管理職はほぼ女性で独占されている。そんなジャマイカでついに女性の首相が誕生する。(3週間前の党首選で決まっていたことだが)
発展途上国というと家父長制度のようなものが蔓延していて女性の地位が低いようなイメージがあるが、ジャマイカは全然別物。これだけ女性が社会進出しているので、ようやく初の女性首相誕生かという印象です。

CNNの記事にもなりました。

2005年3月11日

モデムダウン。

つーか、壊れるの早くない?まだ、4日くらいしか使ってないのに、電源が入ったり、入らなかったり。また、ケーブル&ワイヤレスが来るまでに3,4日普通なら待たないといけないところ、最近その会社に友達ができたので、その友達デズモンドに電話。そうすると、今日には代わりのモデムを持って別の技術者が登場。モデム交換で難なくADSL復旧。いやぁ、やっぱりコネですねぇ。そして、その代わりの技術者クリスにも、コーラをご馳走し、Webデザインを教えることを約束し、あらたな強力な知人を開拓した。今週末からは、英語のプライベートレッスンを始める。人間関係が動き始めてきたなぁとちょっと嬉しくなった。人間関係はあせっちゃダメだね。

2005年2月21日

今日のジャマイカ人

お昼に食堂に本を置きっぱなしにして、隣の部屋にある職員室のパソコンの設定をしていた。ちょっとてこずって20分くらい経過。その本、普通になくなりました。って、その食堂は教職員しか使わない場所なのに。。。で、食堂のおばちゃんに聞いたら、図書室の司書が持っていったらしい。あの人はかなりまともな人だと思ってたのに。で、図書室に行くと、俺のだと知っていて持ってったぽい。確信犯。はー、こいつらマジで、日本と常識違い過ぎるぞ。どこで信用していいのか。とりあえず、金、モノ、性に関しては全く信用できないな。これでもジャマイカ人は敬虔なクリスチャン。いったいどんな教えを受けているのか。ジャマイカは、シェアの精神が浸透している。もっている人があげて当然。だから、人に何かあげても全然喜ばない。あげる人も別に見返り求めてないし。。。。2年居ても理解出来ないと思うし、それが正しいとはどうしても思えない。ジャマイカ人同士で分かり合ってくれって感じ。祈っているだけで救われたら世界はもっと平和だよと、ぼやく編集長であった。これまでが悲惨すぎて、祈るしかない状況が長く続いたのかもしれないとも思えるので、複雑だよ、実際。

2005年2月14日

バレンタインデー

ジャマイカでもバレンタインデーはあるみたいだ。カードの交換をしたり、プレゼントの交換をしたり。恋人同士もプレゼントを交換する習慣があるようだった。以外だったのが日本と同じようにチョコレートもあげたりするらしい。ただし、女性→男性というのではなく、双方向というのが日本と異なる点だ。ちなみに、学校でハッピーバレンタインとは誰も言ってくれませんでした。別に気にしてないけど実は(涙)。。。

2005年2月 5日

キングストンでランチ

barkin05020212510067.jpeg首都キングストンは都会だ。なぜなら、バーガーキングがある(通称ばーきん)。日本人の口にはあわなかったらしく、ばーきんは日本から、3,4年前に撤退した。日本でも食べたことがあった。感想は。。。高くて別においしくない。正直モスの方が断然おいしいし、最近の日本はハンバーガーの高級志向化が進み自分も、高くてもおいしいのが好きだった。それで、ジャマイカ行く前に経由でニューヨークに寄った時、久しぶりだったので、ばーきんで食べたんだけど、ぶっちゃけマズカッタ。ジャマイカに来たって絶対食べないと思っていたのだが。。。
キングストンで友達との待ち合わせ場所がばーきんだったので、仕方なく食べた。4,5ヶ月ぶり。んーん。うまい。結構いけるねぇ。これ。味変わったのかな。と思ったが、以前すでに任期を終え、ジャマイカに遊びに来た先輩の言葉を思い出した。
「ジャマイカいるとさぁ、味覚が狂ってくるんだよね。最後の方は、ジャマイカの鶏肉は最高って思っていたけど、日本帰ってわかった。」
何がわかったんですか。
「あれは錯覚だね。」
なぬー。でもそりゃそうか。あんまうまいもん食べてないもんな。慣れって恐い。

2005年1月28日

ボブも、もう60歳

bob.jpegボブマーリと言えば、日本人でも知っている人が多いと思う。せめて名前だけでも。という自分もジャマイカ来るまであんまり知らなかったんだけど。レゲイの神様と言われ未だに慕われ続けるボブ。代表曲には「One Love」がある。みんな知ってるんじゃないだろうか。34歳という若さで他界したボブの印象はみんな写真のような若い姿じゃないだろうか。そんなボブがもし、生きていたら今年で60歳。ジャマイカ各地でボブに関する様々なコンサートが開かれると言う。平和や、ジャマイカ頑張れっ ていう歌を歌ったボブが今のジャマイカを見たらどう思うだろう。

長く、そしてまとまりのない文章が続きます。時間のある方だけ続きをどうぞ。

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2005年1月19日

本日の紙面から

1月31日から最低賃金が20%引き上げられる法律が施行される。先日発表された物価上昇を考慮してのことだが、いろいろ問題がありそうだ。最低賃金で働いている人は、手に職がない人、主に家事手伝い(ハウスヘルパー)らしいのだが、これまでの最低賃金は週2000ドル(日本円で4000円)らしい。新聞では、最低賃金より少し多めの給料(6000円)で9人の家族を養うお母さんが紹介されていた。週6000円で9人?どうやって生活しているのだろう。。。。

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2005年1月18日

ジャマイカの経済

ジャマイカでの2004年の物価上昇率(インフレ)は12.7%だった。2003年は15%だったので悪化してはいないが、昨年から12.7%物価が上がって、賃金がすぐに12%近く上がらないと生活は圧迫されるわけだ。特に、これまでギリギリの生活をしていた人にとっては、このインフレの影響は大きい。国内物価上昇率(インフレ)は上記の通りだが、ジャマイカの貨幣価値つまり、ジャマイカドルは、米ドルに対して比較的安定していて、ジャマイカ経済としては嬉しいところだが、米ドルで生活費を支給されている協力隊員としても見逃せない指標である。

2005年1月 7日

今日のジャマイカ人

仕事の後、体力が余っていたので歩いてマーケットまで行くことにした。(だいたい1.5Kmくらい。)たいした距離ではないが、アップダウンがあるのでまぁまぁ運動になる。途中一人の生徒にあった。鍵持ってくるのを忘れたらしく暇らしい。一緒に来たそうだったのでマーケットまで一緒に行った。さすがに長年住んでいるだけあっていろいろ知っている。ベジタリアンレストランやDVDレンタル屋まであった。5ヶ月間俺は何を見ていたんだ。。。そういえば、開拓スピリットに欠けていたなぁ。この生徒は、赴任して一番最初に話をした生徒で、日本から持ってきたペンが欲しいと執拗に迫られた記憶があったがここは学校ではないので、少しくらいおごってあげてもいいかなぁくらいの覚悟はしていたが、結局最後まで何もねだってこなかったのが、印象的だった。学校の外でゆっくりと生徒と話す機会は初めてだったので、プライベートなこととか日頃疑問に感じたことをいろいろ聞いてみた。うすうす気づいてはいたが、ジャマイカ人は両親と暮らしている子供が少ない。この生徒の場合も同様で、父親は早くに他界して、母親には会った事がなく、叔父と住んでるらしい。日本で考えたらかなり悲しい家庭環境だ。少し生意気なジャマイカ人高校生もいろいろ背負って生きてるんだなぁと思うと、少し許してあげられる気がしてきた。

2004年12月 4日

午後4時のスーパーは

今日は、ネット上で飲み会をするという理由(それが許されるのも結構驚きだが。。)で仕事を30分早く切り上げて、スーパーへ歩いて向かった。こんな早い時間(午後4時)にスーパーへ行くのは初めてで、人も少ないし、快適、しかも手に入らないと思っていた、レタスやトマトそれにチンゲン菜に似た野菜が売っている。なんだぁ、買えるんじゃん。今までスーパーで売ってないと思ってたので、トマトは路上で買ってたんだけど、やっぱスーパーの方が全然安い。ボラれてたのかぁ。まぁ、夕方6時はどのみちスーパーでは売切れているので、選択肢はないんだけどね。仕事を早く切り上げろってことか。今度はそれを理由に早退してみようかな。

2004年12月 1日

今日の紙面から

ジャマイカには、新聞社が少なくても3,4社はあると思う。その中で一番有名なのが、「The Greaner」社である。日本で言えば、朝日か読売にあたるだろうか。その朝刊の一面を飾ったのが、「落ちてた財布を届けた、12歳の正直者中学生」だった。「おいおい、こんなことで全国紙の一面を飾るなよ」と思うのだが、ジャマイカでは、誇らしいことなのだ。(いや、誇らしいとみんなに知って欲しい行為なのだ)

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2004年11月15日

隊員活動とジャマイカの発展

自分の活動が、貧困層とお金持ちの格差を拡大してるんじゃないかなぁと思うときがある。貧乏な子供の家に当然パソコンがあるわけもないし、学校も行けない。コンピュータがあるのは、いい学校だけなので、自分が教えているのは比較的援助が不要なジャマイカ人かも知れない。(貧乏な学生もいるけど)
彼らが将来ジャマイカを牽引して景気をよくして、全体的な底上げに貢献していると信じて活動を行うしかないんだけど、来年はもう少し、赴任先だけでなく、広い範囲で活動したいなぁと考えている。

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2004年11月 8日

JOCV15周年記念パーティ。

ジャマイカへ協力隊を派遣して15年目を迎えたそうだ。この国には、海洋、養護、自動車、コンピュータ、AIDS対策などの分野にボランティアを派遣している。会場では、養護隊員による手話コンサートや、ギター、太鼓、体操実技、歌などで盛り上がった。15年間いろんな隊員がこの国を訪れて、技術移転と国際交流をしてきた。会場には、過去にJICAの制度で日本に行った事のある人たちや、現在派遣中であるボランティアの受け入れ機関関係者が訪れた。

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2004年7月24日

ボブ・マーリー

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滞在1週間目にして、ついにボブ像にたどり着きました。町の中心になく、ちょっと行きづらいところにあるので、超感動です。ボブ・マーリーはレゲイの草分け的存在で、そのドレッド・ヘアーとラスタといわれる風貌、そして、時代に訴えかけるメッセージ性の強い詩で今でもジャマイカ人の中に強く生きていますが、最近の若者はボブをわかってないと嘆く大人も多いようです。

2004年7月21日

ジャマイカのホームステイは。

ジャマイカでホームステイを始めました。JICAが事前にインタビューをしただけあって全員良い家庭にあたったようです。それがリアルジャマイカンファミリーかと言われると決してそうではありませんが。ここ都会のキングストンの比較的裕福な家にホームステイしました。ホストファザーもマザーもきれいな英語を話し、レゲエも聴きません。キリスト教でとても穏やかです。そして、日本人を尊敬していて、僕が英語がイマイチ聞き取れなくてボーっとしていると、マザーがゆっくり話してくれるのだけれども、ファザーは同じことを何度もゆっくり聞くなと、日本人は賢いんだからとマザーに言い聞かせるシーンが何度かあった。英語は重要だよ。今度来る日本人のためにも尊敬される正しい日本を紹介できるといいなぁ。

2004年7月20日

ジャマイカの銀行は

銀行の口座を開設しました。JICAからの公式文書があったので比較的簡単な手続きでした。今日開設したのは、外貨預金口座と現地通貨口座で外貨預金通貨は電子送金でなければ現地通貨にすることができず、キャッシュでの取引はできないようです。(私の英語力が正しければ...)
現地通貨口座開設時にATMカード(キャッシュカード)も作ることができて、非常に便利です。驚くことに24時間ATMが首都キングストンには結構あります。また、ちゃんとしたATMは個室になっていて、カードを通さないと入れないし、内側から鍵をかけることが出来るので安心です。