2006年6月22日

出張ワークショップ

ということで講師として出張ワークショップに参加しました。今回のワークショップはこれまで隊員間で個性的に行ってきたワークショップのテキストの標準化を行ったり、タイムスケジュールの厳格化、より参加型のワークショップにするためにいろいろなことを試してみた。実習時間を長くするため、参加者のグループ分けをきっちり行い、各グループごとに感想・問題などを発表させるような工夫をしたり。二本松の専門英語クラスで叩き込まれたプレゼン技術が最後の最後で使うことが出来て満足。また、理解度テストも最後に行いあるスコアを超えたものには賞状を与えることにしたのだが、これが予想以上にジャマイカ人の集中力を研ぎ澄まさせることができた。この経験を他の隊員とシェアできたことで、今後ジャマイカIT隊員主催のワークショップの完成度向上にもいい影響を与えることができたと思う。充実度は120%、たぶんこれが最後の大仕事かな?


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2006年6月20日

ジャマイカIT隊員活動の今後

隊員のいないところでワークショップをやろうという次世代型ジャマイカIT隊員活動の布石になるワークショップが開催された。このワークショップ開催までの経緯は先輩隊員の活動の積み重ねでもある。過去にジャマイカで開催された広域研修の参加の一人であるジャマイカ人が日程の設定、会場の予約、参加者への通知などコーディネートしてくれた。あと数回このようなワークショップを重ねれば、隊員側もジャマイカ側も成熟してくるはずである。最終的な目標がジャマイカ人のみによるワークショップの運営なので、あとは教材の作成とジャマイカ人講師の育成が残された仕事になるんじゃないかと思う。R5WS06222006.JPG

2006年6月19日

出張ワークショップ開催にあたって

今回のワークショップ開催にあたって4名いるIT隊員のうち教育省に配属になっている2名の隊員が中心に開催に関する様々な準備にあたった。教材の作成、ジャマイカ人コーディネータのとの連絡・調整、機材の運搬、宿泊施設の手配、JICAへの経費申請。JICAのポリシーもあって、書類やレターが必要であったり大変だったみたいだ。こういうのはタイミングが大事なので、一度延期になるとそう簡単に次回開催といういうわけにはいかない。JICAのポリシーによるジャマイカ側の書類不備によって危うく開催が延期しそうになったみたいだけど、なんとか開催できてよかった。書類集めに関して、調整員にも頑張ってもらったみたいで、やっぱり役職が上の方から言ってもらった方が日本でもそうだが、ジャマイカでも楽だ。開催にあたったI隊員、sakuちゃんおつかれさんです。

2006年6月 2日

第8回自分主催ワークショップ Final

これが本当に最後のワークショップ。この週は水曜日から雨が続き、前日の金曜日は大雨。天気予報は週末も雨が降り続けると伝えていた。雨が降ると参加者が来ないのがジャマイカ。最後の最後で誰も来ないかもとちょっと不安になる。
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前日の夜はそれとは別に、これまでこの自分主催ワークショップを支えてくれたJOCVの仲間に感謝を込めて餃子をつくってみた。皮も手作り。特に初期からこのワークショップを支えてくれたTacaco隊員やI隊員には本当にお世話になった。味はいまいちだったけど、皮作り自体は楽しかったかな。日本に帰ったら、やっぱ市販の皮を買おっと。

当日、昨日までの雨が嘘のような青空。やっぱジャマイカはこうだよね。予定の時間にはいつものメンバーが集まり最後は気持ちの良いワークショップとなった。もっと嬉しかったのは、I隊員が主催しているワークショップの参加者もこちらに遊びに来たことだ。土曜日なのに。お休みの日にわざわざ来てくれるのは本当に嬉しい。

今回のワークショップはいつもと趣向を変え、プレゼンターを今後も先の長い隊員にやってもらった。もう顔なじみの出席者の前でのプレゼンは絶好の練習の場になるためで、参加者にいつもとちがうぞと思わせられた。プレゼンターが女の子のためか、いつもより集中している参加者がいたのは気のせいかな?

最後はTacaco隊員がみたらし団子を作ってくれたので、その試食会。歓談の場では、いろいろなことを話すことができ楽しかった。みんなが名残惜しく雑談をしているように見えたのは自分がもう帰国寸前だからだろうか。

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2006年5月26日

引継ぎ

今日は朝からホームページの更新の仕方の引継ぎを行った。このマニュアルを作るのに結構時間をかけたので、うまく行った。というか、引き継いだ相手がなかなか飲み込みが早く驚いた。ホスティングの契約の更新の仕方、FTPを使ったファイルのアップロード、Htmlの編集、そして、XoopsというCMS(コンテンツマネジメントサービス?だっけ)を使っているので、その説明。日本人に説明するのもうんざりなんだけど、さくさくと進み2時間で終了。先週の土曜日に自分主催のワークショップもファイナルを迎え、あとは生徒の卒業を待つばかり。まだ、1ヶ月半あるので、もうちょっとなんか出来そうだけど。なんか考えよっと。

先日前の会社の友達から周辺の近況報告メールが来た。自分がジャマイカに行っている2年間にいろんなことが起きている。今の職場だって、仲の良かった先輩たちも結構結婚してしまったし、高校からの親友も結婚した。元職場の親友は相変わらず独身っぽいが、ニューヨークにいる。日本に帰ったら、肌が黒くてただでさえ浮きそうなのに、ノリもジャマイカナイズされちゃって、知り合いもあんまいないなんてことになったら、これって寒くなくなくなーい?なんてちょっとした不安に陥っちゃったりして。東京の夏も暑いといいなぁ。

2006年4月11日

ワイヤレスネットワーク

wrt54g.jpgカウンターパートが間違ってワイヤレスルータを買ってしまったので、それを返品する前に学校内の建物間で信号が届くかどうかを検証してみた。

Wireless-G Broadband Router


ジャマイカではハリケーンがよく来るので、建物間のCAT5ケーブルが年に1度は断線する。そういう環境なので、建物間のワイヤレス化への期待は強い。何かあるとすぐにワイヤレス、ワイヤレスとうるさいので、この際、学校の予算で購入可能な範囲の機器を用いて学内ワイヤレスネットワークの可能性を検証してみた。

今回利用したのがLinksys Wireless-G Broadband Routerで、LinksysはCiscoの家庭用機器を扱っている子会社である。学校のサイト構成は下記のとおり。

サイト1 校長のオフィス(サーバー、ルーター)
サイト2 事務所(校長オフィスの下の階、同じ建物)
サイト3 コンピュータラボ
サイト4 図書館
(距離)
サイト1-サイト3 20m
サイト1-サイト4 40m
(理論)
11.gは室内だと150ft(約45m)の範囲で通信可能らしい。屋外だと400ft(約120m)。理論値だと校長のオフィスからコンピュータラボも図書館とも通信可能だ。
(テスト)
現実は厳しく、建物の壁は厚い。届かない。又は不安定。どちらのサイトも窓際、ドア際で窓、ドアを開けておけば接続可能だ。なので、結論は単純にアクセスポイント、アダプターのみの購入では建物間のワイヤレス化はお勧めできない。別途アンテナとかワイヤレスリピータが必要になるんじゃないかと思われる。家庭用は所詮家庭用で家の中で使いなさいってことでしょう。

もっと詳しくワイアレス

2006年4月10日

第7回自分主催ワークショップ

networking62006-04-09_01.jpg昨年3月から開始したプロジェクトが終了した。参加者のフィッズロイとは1年以上の付き合いだ。単なる参加者と講師という関係というよりは、日本人の良き理解者そして友人という関係なのだ。10ヶ月のコースを終了し、笑顔をみせるフィッズロイ。こんなに喜んでもらえるとは思わなかった。頑張ってよかったよ。ホント。


昨年3月、自分の活動を近隣の高校に紹介するため、各校の校長先生、ITの先生にアポをとって歩き回った。英語も下手だし、アジア人ということもあってあまり歓迎されなかった。学校に行ってもパソコンを寄付してくれ、お金を寄付してくれとしか頼まれない高校もあった。そんな中で2校の高校がそういった偏見なくIT教師を紹介してくれ、それらのIT教師と対話を重ねながら、彼らがもとめる内容のワークショップにすることが出来た。土曜日に開催することや、教育省の後ろ盾もないそして、日本人が行うワークショップ。偏見をもたずにやって来てくれた、フィッズロイ、そしてキャンベルのお陰で充実した1年だった。

なんとなく別れが惜しいので、来月もう1回、ワークショップをやることにした。最後の最後で誰も来ないかもしれないが、それもジャマイカってことで。あぁ、帰国3ヶ月前。

2006年3月30日

日本紹介イベント@配属先

JapanDay2006-03-29_01.jpg校長 「3月最終週の火曜日を日本の日として毎年祝うことを宣言します。」

自分 「。。。」 

ホントかよと思いつつも、イベント自体は大成功に終わって一生懸命働いた後のおいしいお酒が飲めました。


イベントの開催を持ちかけられたとき、やるべきことがいっぱいあったので断ろうかと迷ったが、終わってみればやってよかったなと充実感を味わうことができた。昨年の3月から始めた日本語レッスン。そのうちの二人の生徒が今回200人の生徒の前で日本語による劇をやってもらった。1年間の成果がでたなーっとしみじみ。

午前中はプレゼン中心で、レゲエ音楽、映像を取り入れて生徒の関心を惹き付けるように工夫した。その中にも、同期隊員ののびーさんにより、ミスターチンと呼ぶ前に「出身はどちらですか?」と聞きましょう、というようなメッセージを込めたプレゼンも行った。

午後は、浴衣の着付け、書道、折り紙の3つのブースを出した。どのコーナーも大盛況のまま、イベントが終了した。

日常生活の中で、いちいち日本を説明するのは面倒くさいし、ある程度の誤解はあきらめていたけど、2年間のうちでこういう機会を持てたことはラッキーだったなぁと思う。しかし、日本語でも司会とかやったことがないので英語でやるとなるとその難しさが身にしみたー。

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2006年3月16日

ネットワーク再構築

pedge_1800_quarter_131x145.jpg昨年の12月にシステム監査があった時に話があったサーバが昨日夜9時やってきました。カウンターパートのカークも興奮気味。現行のシステムはNTサーバでイントラネット上でIISをつかってWebデータベースを運用している。システムリプレースの際に一気にネットワーク再構築をしようと思っているので、しばらく睡眠時間が短い日々が続きそうだ。

ちょうどMCP70-217でやったMovetreeコマンドを実践できそうだ。IISのバージョン、OSのバージョンが違うので、データベースもうまく動くか心配だよ。

PowerEdge1800
Ram2G、XEON3.2Ghz、HDD60G×3(RAID5設定済)、Windows2003serverプリインストール。

2006年2月27日

第6回自分主催ワークショップ

networking52006-02-26_02.jpg教材開発からN隊員を加え新布陣で今回のワークショップに臨んだ。4名にもなるとチームと呼べるんじゃないかなぁ、チーム名何にしようかなぁなんてどーでもいいことが頭に浮かんだりもした。久しぶりに前日リハーサルでつまずき、リハ終了の頃、時計は午前3時30分を刻んでいた。


とりあえず事前に想定されるトラブルを完全に除去できたので、ホッとして家路につく。眠いのもあるが、おつかれーっという意味も込め、帰って速攻でプチ宴会。疲れのせいか、ラムの分量を間違える。床についたのは、午前5時30分。

8時30分のアラームで目を覚ますとめちゃくちゃ頭が痛い。あったー、酒が残ってしまった。あー、この状態でプレゼンはきついなー。ぼけーっとしたまま、会場へ向かう途中に参加者から電話があった。

参加者「今何処にいるんですか?」
自分「スンカム。(すぐ行きます)」

参加者の方が会場に先についてしまっていた。申し訳ない。結局もう一人の参加者も遅れ、開始時間より1時間遅れのワークショップになってしまった。ジャマイカンタイム。。。 気をつけなきゃね。

不調とはいえ、今回で6回目。英語力の低さによる説明不足はあるものの、経験でものを言わせ難なくこなせるようになったことには自分の成長を感じる。次回ワークショップはテストのみなので、事実上最後のプレゼンだったわけだ。参加者からは帰国までまだ5ヶ月あるんだからもっとやってくれと言われているが、どーしよーか検討中。同じメンバーでやれるんだったら楽しいので、あと2回くらいやってもいいかもな。

今回も当日移動で遠路遥遥Tacaco隊員がクッキーを焼いて持ってきてくれた。休憩時間に日本のせんべいの試食をしたりして、異文化交流をすることが出来た。参加者のジャマイカ人は彼女の手作りクッキーをいつも楽しみにしている。
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2006年2月 2日

第5回自分主催ワークショップ

いつもどおりI隊員に準備段階から協力をしてもらい万全を期した。土曜日にも関わらずシニア隊員、調整員の方が見学に来てくれることになっていた。
前回開催から約2ヶ月空いたシリーズもののワークショップ。その上、Jazz&Blues音楽祭と日程が重なり前回参加したアメリカンピースコのマシューは早々に参加辞退。果たして参加者は会場に現れるのだろうか。


Workshop2006-02-02_01_s.jpg今回のワークショップはこれまでのものと違ってより実習を重視した。なので当日のトラブルはパニックの元。ワークショップ前日に入念にテキストの読み合わせ、事前チェックを繰り返す。今回からネットワーキングに強い17-2のN隊員も加わったので、スタッフ陣も充実。前日の準備の終了は通常深夜12時、1時が当たり前だったところを8時30分には終了した。(実は始める時間に問題があったりして。。夕食の準備を家で待機していた弟が作ってくれたのも良かったかも知れない。ちなみに料理はエビチリと鶏肉のカシューナッツ炒め、そしてチャーハン。みんなおいしいと言って
食べていた。)


Workshop2006-02-02_08_s.jpg当日、シニア隊員、調整員が到着。参加者が来てくれるかかなり不安だったが、開始時刻5分後には予定者が揃い無事にスタートさせることができた。ワークショップも予定通り順調に進み、自身のプレゼンも好調、実習時のI隊員、N隊員が痒い所に手の届くアシスタントをしてくれたおかげで、絶好調に終了させることができた。終了後のアンケートによると理解度は参加者全員が100%と記入していた。途中の休憩時間には当日駆けつけてくれたTcaco隊員手作りケーキのリフレッシュメントも功を奏し、歓談も弾んだ。参加人数は少ないが自分が目標とする「実用的で、身につく、そして文化交流の側面を持ったワークショップ」が実現できたと思う。

今回の参加者。次回のワークショップも必ず来てくれるでしょう。

2005年12月25日

孤児院でサンタのおじさん

学校も冬休みに入りあたりはクリスマスモード全開。同期隊員Nbyさんのリーダーシップのもと「孤児院に行ってサンタのおじさんになろう」という企画に参加した。

田舎にある孤児院に行って、クリスマスソングを歌ったり、プレゼント交換をしたり。家族がいない子供たちは、言葉もうまく話せない来訪者でも大歓迎ですごく楽しそうに過ごしていた。一応ボランティアという身分でジャマイカに来ているので、単に仕事や技術移転だけじゃなくて、こういうボランティアって大切だよなぁと実感した。言葉や活動が順調になってくるこの時期にこういう企画を平然とやってのけるNbyさんは僕が尊敬する隊員の一人です。

2005年11月26日

第4回自分主催ワークショップ

ITworkshop3_2005-11-28_04_s.jpg今月2回目のワークショップを開催し、年内予定していた全てのワークショップを終えた。お疲れ!自分。そして、毎回教材開発から手伝ってもらっているI隊員に感謝感謝です。


もっと詳しくワークショップ


今回いつもと違ったのは、モンテゴベイ(車で5時間)から先輩隊員が見学に、キングストン(車で2時間)からアメリカン・ピースコが参加をしにやって来たことだ。ピースコの参加者はマシューという可愛い名前のおじさんだが、ワークショップ中は容赦なく質問してきて答えに困る時もあったが、まぁ新鮮で、二本松訓練所の英語のクラスでプレゼンの練習をする時に質問の嵐をしてきた先生のことを思い出した。(なんて名前だっけな?)
マシューは完全にお客さんモードで、プリンタの紙は使いまくるし、ジュースはガバガバ飲むし、質問はしまくるし、悪いことではないけど、結構困る。困るけど、いい緊張感は与えてくれる、そういう存在ではある。次も来たいと言っていたので、へたくそな英語を差し引いても来る価値があると判断したんだろう。

今回は事前にリハーサルを行ったため、大きなミスもなく、そして細かいところまで説明できたと思うので自分でもかなり満足している。参加者ともだんだん仲良くなってきているのが楽しい。

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2005年11月10日

ピースコからのお誘い

ピースコのIT分科会が北海岸ランナウェイベイのオールインクルーシブ・ホテルで行われるので、それに招待したいというお誘いがあった。しかもオールインクルーシブの一日券(デイパス)まで用意しくれるそうだ。かなり行きたかったのだが、都合がつきそうにない。ここ一年でピースコとJOCVのITはかなり接近している。特にピースコ側からの接近が多いのだが、この背景について想像してみた。


ピースコとの接近は今に始まったことではない。個別には昔から繋がりがあるのだ。特に語学の堪能なJOCVの場合それが顕著にみられた。しかし、最近の動向は個人レベルに留まっていない。前回はある会場までのバスを用意してくれたり、今回はオールインクルーシブのデイパスを用意と予算を充当しているのである。JOCVとしては、ピースコと共同してできることがあれば刺激にもなるし、英語の勉強にもなるので、あまりデメリットは見当たらない。ピースコの連中は意外といい奴が多い。これは単なる国際交流だけなのだろうか。それともその裏には何かある?

1.JOCV_ITには語学の堪能なシニア隊員がいて、各隊員への連絡係もしてくれているので、ピースコも連絡しやすい。
2.ピースコのITは、コンピュータの訓練を受けていない。
3.ジャマイカのJOCVは最近ジャマイカ人向けにワークショップを多数開催している。

今回招待されたピースコの会議の題目が「ITAG Training Meeting」という今後のピースコ自身の研修を考えるないようらしく、JOCVで行われるワークショップを利用したいのではないかと考えられる。無料だしね。

JOCVの中には、ジャマイカ人のためのワークショップなので、ピースコを呼ぶのはどうかという疑問の声もあるのだが、自分的には、せっかく頑張って準備したワークショップには、人種を問わずやる気のある人に参加して欲しいなと思う。たまにはアメリカ英語も聞いてみたいってのもあるし、ジャマイカ人以外の人を呼ぶことで、ワールドスタンダードなワークショップにしようという刺激にもなる。どうせ時間をかけて準備するなら何度でも、どこででも使い回しのできるものを創造したい。

2005年11月 7日

第3回自分主催ワークショップ

今回は17-1のI隊員に教材開発から加わってもらったので前回のように徹夜はなかったが、前日のテスト・リハーサルは深夜1時まで及んだ。それから家に帰ってビールを飲む。気づくと3時30分を回っていた。結局リハーサルも最後までやらなかったし、若干不安が残る。

参加者は前回の2名を予定していたが、結局1名しか来なかった。その代わりに土曜日にも関わらず新加入のカウンターパートが登場。リハーサルのおかげが、本番で特にトラブルはなくまぁまぁの出来だった。
自分の中では参加者の人数にこだわりはなくて、教材開発、そして本番のトーク、実習をどれだけ興味深く、スムーズにできるかが評価の対象にしている。計6回のワークショップに同じ内容はなく、精度をあげるのは難しいが、自分の中で一番充実している時間なので、フィナーレで満足できるようにガンバだな。

1時間は話しっぱなしだっのだが、もっと英語がうまく話せたらなぁ。アメリカの研修から帰ってきてからまったく英語学習のモチベーションが下がってしまった。そろそろ再開の時かな。

2005年10月11日

コンピュータパーツ手続き ④

足りなかったパーツとマザーボードの返品にキングストンに行って、ついに、ついに全てのパーツをゲットすることができた。ここまでの道のりは長かったが、次回があるとすれば最短記録を更新することも可能だと思う。

マシンの組み立てとOSインストールをノートンゴースト+Sysprepを使う方法、RISサーバーを立ててネットワークからインストールする方法を早く試したい。明日からしばらく楽しい仕事が続きそうだ。

2005年10月 8日

第2回自分主催ワークショップ 本番

PA080010_s[1].jpg土曜日にも関わらず、2名の近隣高校の先生が参加しに来てくれました。


正直一人も来ないかなぁと思っていた。MAXで前回の参加者2名だろうなと思っていた。結局2名だったが、前回の参加者の一人は来なかったが、違う学校の先生が来てくれた。前回は訪問までしたのに来てくれなかったChalemont高校というまぁまぁいいところの学校で、ちょっちうれしかった。とりあえず招待状をFAXしただけだったのに。FAXなんてしてもどうせ読まれてないんだろうなって思っていたが、案外効果があるんだなぁと、実感した。次回ワークショップ開催のモチベーションになるには十分すぎる結果であった。

今回は根本的に準備不足でかなり不手際があったが、内容がよかったこともあって好評だった。次回はリフレッシュメントや日本文化交流的な色合いもちりばめて楽しくそして完成度の高いワークショップを目指したい。

第2回自分主催ワークショップ 準備編

土曜日に第2回自分主催ワークショップを行う。技術補完研修の後なので、膨大な英文献をもっているためその辺についてはあんまり悩まなかった。TOPICを決めて、実習の予行演習を行い、テキストをつくり、実習後のテスト問題を作成する。各学校に招待状をつくりFAXし、前日に会場を準備する。前回は企画を先輩隊員と行ったが今回は全て自分でやろうと思っていた。(テキスト作成の段階で徹夜をすることはあったが、前回の時にあったような緊張感やストレスはなかった。)

しかし、カウンターパートの辞職やUPSの故障などで予期しない仕事のため多忙を極め、近隣のJOCVにヘルプを求めたところ快く手伝いに来てくれて本当に助かった。やっぱ共同で仕事をするのは楽しい。前々日は、深夜11時30分近くまで手伝ってもらい本当にありがたかった。

2005年10月 6日

コンピュータパーツ購入手続き ③

朝電話して在庫と差額の現金が用意できることを確認した。取引先は支払いは早いほうがいいと言うので、こっちも急いだのだ。それなのになんなんですか、これは。自分の英語力だけの問題じゃないぞ、こりゃ。


遠路はるばるキングストンへ車で2時間の旅。
取引先につくと、一応注文したパーツがおいてあったが足りないものをある。そして、差額の現金自体も用意されて
いない、他店舗でその差額の現金を使って足りないパーツを買おうと思ってたのにそれもできない。
しかも、後で気づいたんだが、マザーボードもMSIを頼んだのに、いつのまにかBIOSTARになってるし。
返品だよ、当然。 

出来ないことは出来ないと早く言えよ!

なんなんだよ、この店は。まじで。

こんなことしてると客を失うぞ、実際今回の取引先はジャマイカで一番安いと言われる取引先と同等の値段で買えるのがメリットだった。だから若干の不手際はしょうがないと思っていたが、先週の日曜日に他店舗に調査にいった結果、値段的大きな差がないことに気がついた。(確かに総じて安いが気になるほどではない)

結局半分くらいのパーツはゲット出来たが、また来週行くことになった。
一緒に来てくれた同僚はなぜか楽しみにしてるっぽいけど。

学校バスのドライバー、校長の息子、同僚の3人がついて来てくれて、ペプシでもおごってあげようかなぁ
なんて思っていたら、逆にパンとジュースをおごってくれた。ドライバーなんて自分より4分の1くらいの
給料なのにやさしいなぁと思った。最終的に学校についたのも夜の7時30分を回っていて、悪いなぁと
思った。配属先で残業ってあんまないからね。校長と自分以外は。。

2005年10月 5日

ジャマイカで面接官

先週カウンターパートが辞職した。本日そのポストの面接があって、面接官として同席した。しかも突然。今日キングストンに行ってコンピュータパーツを取りに行く予定だったんだけど。。昨日言ってよ。マジで。


面接者は10人で、9時30分から13時まで行われた。
基本的に日本での面接と似てるなぁっと思ったし、
これくらいなら英語力を差し引いても仕事にありつけそうだなぁと思った。
まぁ給料が月6万円くらいの仕事ですが。。
校長先生が当然主導権を握って質問をする。

18,19の女生徒が居るが彼女にしたりしないか?
教会は何処に行っているいるか?
会計部長は未婚だが結婚したいか?

などなど、怪しいやつにはかなり困る質問を投げかける。
あとジャマイカは学歴社会だなぁと思ったのは、
前職をやめた理由が学校のものを盗んだと判明したにも関わらず、
CXC(日本ではセンター試験に値する)の成績がいいという理由で仮採用(1週間)を認めたことだ。
こういう男はまた盗むと思うんだけどなぁ。明日から来ることになるんだけど、気を締めていかないと。

人生で初めて面接官をやったんだけど、最後の方の人は不利だなぁと思う。
面接官も人なので段々疲れてくるし、途中でいい人が見つかるとその後は
どうでも良くなってしまう。

明日から2週間入れ替わりで仮採用の人たちが来る。たぶん若干はやる気があると思うので、
それをうまく利用して溜まった仕事を一掃したいもんだ。

コンピュータパーツ購入手続き ②

配属先がしっかりしているからなのか、取引先の在庫確認の返事が来る前に小切手の準備が出来てしまった。結局最初の取引先に在庫がなかったため小切手の金額と実際払う金額に誤差が出てしまった。仕事が早いところと遅いところに挟まれてもうまく乗り切りたかったが。。会計部長(♀)はめっちゃ怖い人で、そっちの在庫がないんだから差額を現金で払いなさいと猛烈に電話で捲くし立てた。んーん、自分の英語力不足による伝達の遅れもあったと思うので、取引先がかわいそうになってきた。が、早い早い、あっという間に明日中にパーツが全て揃うことになった。さて、本当に明日パーツは全て揃うのでしょうか。

昨日はキングストンで不足パーツを他店で見積もり等を取っていて帰宅が16時になったため、そのまま直帰した。今日は午前中、見積内容確認等があったため自宅勤務していたら、秘書と校長先生から心配の電話がかかって来た。ジャマイカは危険なので身の上を心配してくれたようだ。今までだったらカウンターパートが居たので、自分の1日くらいの不在は校長先生にまで報告されないが、今は誰もラボに居ないため誰かがすぐに報告してしまうようだ。ちょっと面倒くさいことになってしまった。早く次のカウンターパートを雇ってくれないかな。

2005年10月 1日

気づいたら朝。。

最近は夜更かしが続いている。来週の土曜日に第2回目のワークショップを開催するのだが、前回は先輩隊員が手伝ってくれたことと事前準備期間が1ヶ月あったので直前までノンビリしていたが、今回はPCの設定、教材の作成、パーツの購入(隊員支援経費)、招待状の作成に加え、自分に大型予算が認められたため、そちらの買い付けの仕事もある。んで、カウンターパートが辞職間際で、なんかバタバタしてたり、その上コンピュータの設定がうまくいかなかったりするとそれに時間が掛かって朝になってしまうのである。
今日なんかは、仕事が終わったのが朝の5時だったので、寝るわけにいかず、学校のグラウンドを30分走りこんだ。んーん、ハイテンション。来週までこのハイテンションを維持できるでしょうか。。。

2005年9月29日

コンピュータパーツ購入手続き ①

在庫の確認を取って先方から見積りをもらう。在庫がないものもあったり、担当の人が気が利かなかったり、自分の英語力が不足していたりで、結構ドキドキな仕事である。総額が50万円くらいなるので、デポジットか支払日を確定しないといけなかったりと、ジャマイカの商取引の経験がないとちょっと厳しかったが、そこはカウンターパートが助けてくれた。(本当にちょっとだけだけど。。)
やっぱ、電話でのやり取りはきつい。電話+Emailでなんとかなっている感じ。相手の言っていることがわからなければ、こっちの言っていることも通じない。いやはや、ここは外国です。ただ、日本語では、ニュアンスとか、言い方とかもあるので、日本語だから自分が完璧に出来ていたかというと、実際はそうでもないんだよなぁ。
あとは、先方から最終見積書をもらって、会計部長に小切手を発行してもらい、引き取りに行くだけ。最短で来週の火曜日に物が手に入る。ジャマイカンタイムはどう影響するでしょうか。。。

2005年9月14日

校長面談

1年の活動報告を英文レポートで提出した。主な内容は、サーバーの入れ替えと、メモリ、ハードディスク等の修理用パーツ、さらにはプリント代の集金方法を現金からプリペイドカードにするように提案した。
本日、その内容について、及び学校のIT環境について、新しい先生を交えて校長先生と面談し1時間半近くに及んだ。最初から理解のある校長だったが、MCSAを取得したことも手伝って、ほぼ全ての提案を受け入れられた。
パソコン14台、サーバー用パソコン1台及び修理用パーツ(メモリとHDD)を購入する。明日からパーツの見積もりを取ったり、配置など忙しくなりそうだ。マザーボード、ケース、CPU、HDD、メモリを選定、その組み立ての作業は一番好きな仕事の部類だ。特に新品を扱えるのはうれしい。
これで、最後の1年にやるべきことが全て出来そうである。予算要求が通らなかったら海でエビを捕ってばかり一年になりそうだったが、やっぱ仕事はこうじゃなきゃね。明日が来るのが楽しみだぜぇ。

2005年9月 6日

新学期初日

まずは学校に行って、挨拶回り。入学式があったりとみんなぼちぼち忙しそうだった。生徒も学校への登録が必要で長蛇の列。そのためラボに来る生徒はほとんどいない。
カウンターパートは時間通り来ていてとりあえず安心した。また、ITの先生が辞めたらしく新しい先生が来るようだ。
修理であちこち歩いていると、6月に行われてワークショップに参加した先生がわざわざ質問があるとやってきた。電話しても出ないじゃないかといわれたが、アメリカに行っていたので、無理っす。配布した資料を片手に熱心に質問してきたので、うれしかった。
また、卒業した生徒が就職できずに学校に戻ってきた。おいおい。一応高校4年生という制度がある。日本だと浪人生にあたるが、制服を着て学校にやってくる。来年は就職か進学できるといいが。


ラボに行くとインターネットが使えなくなっている。調べてみるとADSLモデムが故障で、カウンターパートが既にC&Wに電話していて、午後には復旧した。続いて、NTサーバー。なぜか起動せず。エラーメッセージも不明確で原因が判りづらく、とりあえずCD添付の診断ツールを利用すると、リカバリーエージェントディスクがあれば直るかも知れないというコメントが。んーん、ないっす。基本的に、5ユーザー程度の管理にしか使っていないので、バックアップとかとってないし。なんとなく、ハードディスクのダメージの可能性が大きい気がするが、たいしたデータもないので、クリーンインストールで対処だな。(ハードディスク自体に問題がなければいいけど。。)
NTサーバーは、主にNTクライアントの管理に利用していた。NTクライアントはまだ20台以上稼動している。NTクライアントには、2000サーバーのグループポリシーが適用できないので、NTを使っていただけなのである。ちなみに2000サーバーでもpoleditを使えばいいだけなので、NTサーバーに固執する必要はなくなった。ただ、NTサーバーから2003サーバーのアップグレードを試しにやってみたかったので残念である。

2005年9月 5日

在外技術補完研修レポート

在外技術補完研修とは、隊員自身の技術をより現地のニーズに適したものとし、一層効果的な協力活動を行うことを目的として、赴任後に近隣国等の技術専門機関や研修機関等において開催される研修や勉強会に参加する制度である。
-隊員ハンドブック2004年5月版P69より抜粋-


申請編
技術力は高いに越したことはないので、こういう制度は是非利用したいところである。但し、こういった研修は概して高額になりがちなので、納税者への説明責任という観点から研修後の評価が厳しくなるため、制度を利用するためには、研修の自分への効果と、配属先への効果をどれだけ明確に示せるかが鍵となる。

自分の場合は、NTプラットフォームから2000or2003プラットフォームへのアップグレードに焦点をあてて、データベースサーバーの災害時対策(Fault Tolerance, Load Balance)の実施、また、近隣の高校のネットワークアドミニストレータ向けワークショップを7回開催、そのタイムスケジュールを示すことによって申請を承認してもらえた。(結局初期の申請から承認まで4ヶ月くらい掛かり、研修自体の延期もあって、6ヵ月後に派遣された。)

トレーニングセンター編
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研修先の選定は、インターネットでPCマガジンというアメリカの雑誌で2004年ベスト10トレーニングセンター特集に載っていたCEDSolutionsを選んだ。このセンターは全米至る所にあり、アラスカとかでも受けれるのだが、MCSA2000自体の研修が少なく結局一番近いアトランタを選んだ。実際はアトランタ市内にはなく、マリアッタという郊外の町に所在した。町並みはレンガ造りのきれいな町並みで空気もきれいだった。アトランタからも車で30分である。

アトランタ編
アトランタには、リーグ優勝17回 ・ ワールドシリーズ優勝3回しているブレーブスがあり、観戦に行きたかったが、ブログにも書いたとおり1秒たりともそのような時間は存在しなかった。その他、アトランタといえば「風とともに去りぬ」、コカコーラ、CNNの本社があることで有名らしい。しかし、コーラ自体は普通の値段。
また、1996年にはアトランタオリンピックが開催されている。この大会で、サッカー日本代表はブラジル代表を破ったんだよな。

研修内容編
9日間で4冊のマイクロソフトプレス出版のテキストを実習を通じて全て行い、その合間にMCPテストを受ける。テストガイドと実習両方をケアされているので、研修後の実務のためになる。講師は他のセンターの倍の給料で雇われているらしく、経験豊富で大体の質問にはほぼ即答で、かなりためになった。

MCP
この研修を受ければ、簡単に受かるのかなぁと思っていたが大間違い。受かるだけの勉強をしないと駄目だった。当然だけど。実務だけではかなり厳しく、テスト対策もしなければならない。センターはTestKingというのを使っていた。このテストガイドはすごくて、ほとんどこの問題集から出るといっても過言ではない。量は多いが、2回やれば受かるでしょう。(たぶん。)

2005年9月 2日

PCM研修-PART2-

アメリカから帰国後翌日から2日間のPCM研修を受けた。開発手法の研修で今回が2回目である。開発ビギナーレベルには達したかな。いつか役に立つ日が来るかも知れないので、学べることは出来るだけ吸収したいもんだ。

さて、アメリカで平均睡眠時間3時間を9日間続けて、ジャマイカに帰ったら思いっきり寝てやろうと思ったが、意外にも寝むれないもんで、あの時は単に弱気になっていただけなんだと気づく。自分の力を信じる重要性を再確認した。

2005年8月22日

只今猛勉強中!

アトランタの郊外で、ブレーブスや鮨とは無縁の生活を送っています。12時間の講義とその夜の課題が英語で250ページ。寝る暇もないというまさに文字通り。食事も10分以内に済まし、無駄な時間をできるだけ省く。受験の時みたいだよ。しかし、快眠をとらないと講義に集中できないので睡眠時間を削ることもできない。はっきしいって、むちゃくちゃ早いんだよ。英語が。しかも全員。アメリカの英語のRとLの違いもわかってきたよ。これだけ聞けば。ルーターは、ゥーターだし。アトランタっていても通じないんだよな。どちらかというとアトアンタっていうくらいLの発音とRの発音が違う。
まぁ、息抜きにブログッってみたんだけど、講義中は内容を理解するだけで質問の英語も思い浮かばず、かなりアホだと思われているかもしれないので、明日の試験を一発で受かって挽回しないとな。
試験は4個あって、全部通らないと修了証書をもらえない。9日間、体力がもつかにかかっている。長距離レースに似ているよ。違うのはボーっとできないことだ。これが終わったら爆睡してやるぜ!

2005年8月20日

アトランタにやってきた。

出発の2時間前に空港到着は、確実に飛行機に乗るための必須条件である。しかし、ジャマイカのセキュリティチェックは甘いので、ここ2回ほどは1時間前に到着するようにしていた。そしてそれで全く問題なかったのだが、今回は夏休み&金曜日の影響なのか出国ゲートに長い行列ができている。以前までは1時間前到着でも十分にカフェでモカを買って新聞を読む時間があったのに、今回は出発の15分前になってもまだ出国審査でもたついている。飛行機っていうのは非情なもんで待ってくれないことをしっていたので、早歩きで飛行機へ。席について3分後には出発と出鼻から忙しかった。P8190079.JPG


マイアミに着くと、乗り換えの時間が2時間あるはずだったので、鮨バーに行こうと思っていたのだが、痛恨のシステムダウン。なんと入国審査を手動で始めだした。こりゃ時間がかかって仕方がない。結局入国審査に1時間30分を要し、鮨バーの夢は無残に散った。空港職員は乗り継ぎの飛行機は待ってくれるから安心してくださいと言う。しかーし、アメリカは最初に到着した都市で入国審査、乗り継ぎがある場合は、またセキュリティチェックを受けなければならない。これがまたものすごい行列。人ごみをかきわけてスクリーンを眺めるとアトランタ行きは定刻どおり出国で確定している。ほんと、空港職員の言うことは信用できないよ。トイレもうかうか行けたものではない。厳しいセキュリティチェックを乗り越えて、アトランタ行きゲートに到着したときはもう、出発の10分前まで迫っていた。あー、あぶね。

その後は順調に行き、無事ホテルまで辿り着いた。朝4時30分に起きてから何も食べれなかった。今日はビーフジャーキーとビールで乾杯だ。

せっかくアメリカに来たのでジャマイカで飲めないビールを飲もうとSamuel Adams-Boston Lager-を飲んでみた。CMでよく見るので気になってたんだよね。お味は普通のビールより若干黒ビールよりといった感じかな。飲みやすくておいしい。あと思わず買ってしまったのが、SAPPORO。日本に帰ればいくらでも飲めるのに、2本もかっちゃった。しかも日本にいたときはもっぱらキリンでサッポロなんて飲まなかったのにな。不思議なもんだ。こういうところで小さな幸せを感じられるのでジャマイカにきてよかったなぁとこじつけてしまう。

2005年8月17日

アトランタへ

19日からアトランタへ行けることになりそうだ。まだあと数日のうちに何があるかわからないので気が抜けない。

今日はその準備のため銀行でお金を下ろすため町に出かけた。総額US800ドルくらいを手にしたのだが、いつもは多くてもUS40ドルくらいしか持ち歩かないので、結構気を使った。大金を持つとなんとなく町が違って見えるのは気のせいかな?

2005年7月29日

ピースコの新人研修に行ってきました。Vol.2

今日もピースコの新人研修に行ってきました。慣れてくるとパトワ(ジャマイカの現地語)よりアメリカ英語の方が断然聞き易い。前回は一人で来たが、今日は自分を含め4人のJOCVだったので、かなりリラックス。今回は軽い自己紹介程度でよかったし。人前で話をすることに慣れてきたなぁと実感する今日この頃。来学期からは授業も再開するし、英語の実力は不明だが、少なくても大勢の前で英語を話すことについてかなり違和感がなくなってきた。

今回で40人近いピースコボランティアにあったので、どこかで白人を見かけたら知り合いかもしれないってのは嬉しいことだ。友達の輪をちょっとづつ広げていこう!

2005年7月23日

ピースコの新人研修に行ってきました。

ピースコの米国での訓練は2日、現地訓練は3ヶ月するそうで、英語圏は7週間で終了するらしく、彼らも

ジャマイカに派遣されるピースコは年に60名ほどで2年間の活動をし、最大1年間延長できる。休みになれば、アメリカに帰ることもできるし、自由度はJOCVよりあるのかな。
今回の研修は3月にたまたま出会ったピースコの中心人物と連絡をしていて、今回の新人研修に招待されるに至った。30人のアメリカ人に囲まれて、JOCVに関するプレゼンを5分ほど行ったが、結構通じたみたいで、休憩時間に話していて、細かい部分までちゃっと伝わっていて嬉しかった。
アメリカ人といっても見た目は様々で、外見は思いっきり日本人ぽいのに、話してみると思いっきりアメリカ人でかなりびっくりする。目がエキゾチックな日本人風の女の子も油断して話していると、声がおもいっきり大人のネイティブで驚いたりもした。
とにかくこのジャマイカでこれだけのアメリカ人を一度に見たのは初めてだし、アメリカ人とこんなに話し込んだのも初めてだったのでかなり楽しかった。でも、やっぱ、アメリカ人の英語は早いや。
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2005年7月 4日

数の政治?or総会屋?

先日、隊員総会(*)が行われた。ここ数ヶ月に渡り英語版のHPを作成した。自分が去った後も定期的に更新されるように「有志のサークル」から「委員会(*)」に格上げしてもらえるよう議題を提案した。
隊員に対しても、事務所に対しても根回しをしなかったため、予想を上回る議論を招き、廃案又は再審議直前まで追い込まれそうになったが、救ってくれたのは9人いる同期とHPサークルのメンバーであった。

隊員総会とは、協力隊員間又は事務所との関係をスムーズにするために開催され、何か提案がある場合は、議題を提出し、議論し、可決されるには出席人数の過半数が必要とされる。

委員会とは、事務所に所属する仕事で隊員の活動に関係のある仕事を一部委任し、隊員が執行する。


話を整理すると、
自分の意見

・英語版HPは事務所の広報活動の一部を担っており、事務所サイドでは公務と認めてもいい。
・一部の隊員だけでなく全体の活動内容を取り上げる。

しかし、議論の争点は次のことに集中した。
・コンピュータのことはよくわからない。
・英語で記事にするのは負担が多い。
・仕事が増える。
・委員会活動に値しない。
・活動内容がはっきりしない。
・先に委員会規則を提出すべき。
などなど

自分的には、交通安全委員会はほとんど仕事がないので、ちょっとくらい人員を割いてもらってもいいかなぁと甘く考えていたが、かなりの数の反対票をもらってしまった。
議論は落ち着かず、次回総会へ繰越審議という声がチラホラ出ていたが、数名が先送りはよくないと強くプッシュしてくれて、多数決まで辿り着くことができた。
結果
出席者数 30
賛成 17
反対 13
可決

多数決は数の理論である。同期9名、PCサークル2名の11名が固定票で、助けられた。自己満足と言われてしまえばそれまでかもしれないが、少なくても自分のためだけにやっている仕事でないことを否決されるとかなりショックだからね。

安心を得るためには、事前に15票の固定票を根回しするか、総会屋を雇うしかないのかなぁ、と実感した一日であった。

2005年6月17日

ワークショップの自己評価

今回先輩隊員の職場の先生がワークショップに来てくれなかった。先輩曰く「一番の問題は、現場の先生が問題を問題と思っていないこと」。問題を問題と認識できないことはかなり深刻だが、それはJOCVが技術を持ち込んで一時的に解消できたとしても我々が去ってしまうと元通りに戻ってしまうのは過去にJOCVが何度も経験していることである。問題を問題と認識してもらうにはどうしたらいいのだろうか?そもそも問題を問題と認識できないところに労力を割いて効果があるのだろうか?自分の活動期間が2年ということ、残り1年ということを考えると、問題意識のあるところだけに集中的に活動を取り組んでもいい気がしてきた。
ワークショップの内容はWindows2000Serverを用いたネットワーク管理についてだが、この技術を専任の管理者が存在しない学校でどのように定着させるか、今後どれだけ魅力的なワークショップを出来るかにかかっている。少ない人数にでもそう感じさせることができたら、達成を実感できるに違いない。

本番、自分主催ワークショップ2

workshopjun1520056.jpg前日は、今回共同で作業を進めて来た先輩とリハーサルをやったので、かなりスムーズにプレゼンを進めることが出来たし、若干英語の発音が通じないところがあったが、二本松での訓練の成果がここで出たような気がする。プレゼンは英語力だけではないスキルが必要で、そのスキルを二本松で多く教えてもらった。英語の発音練習は毎日やっているが、きれいな発音をするのは本当に難しい。継続の力を信じるしかないな。

写真はワークショップ終了後。すごく感謝してもらって感激した。


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撮影;14-3ブータン隊員OB・Akira氏

2005年6月15日

自分主催ワークショップ前日

ついに明日自分主催ワークショップ当日を迎える。自分でアンケートを作り、ターゲットとなる学校に行き、対象者と直接に話をして、ワークショップに参加するように働きかけてきた。今日は、明日の資料の製本とキャンパス案内図の作成、校長先生にオープニングスピーチをお願いしたり、コンピュータの動作確認をしたりでいい感じで時間が過ぎていった。最後に事前リハーサルを先輩隊員とブータン14-3隊員(ジャマイカ観光中)の前で行い、明日の午前中に最終チェックをして、本番を迎える。ちゃんと参加者が来てくれるか、かなり気になる。天候の影響もあるし。明日が楽しみで仕方ない。

2005年6月 5日

JOCV/JamaicaのHP グランドオープン

ついにJOCVジャマイカのHPをグランドオープンさせることができた。
英語版
日本語版
ドメイン名もjocvjamaica.comを獲れたしばっちり。英語版はジャマイカ人向け、そして日本語版は隊員同士または、ジャマイカに来る予定の隊員を意識している。
今回は、グランドオープンまでの軌跡をだらだら書いてみようかな。


1.スペースの確保。
ここはかなり大事。なにせ、無料だとドメイン名がピンと来ないものになるし、広告が入る。ということで、有料Webホスティングを検索。有料?そう、自腹でもいいのだが、自分が居なくなるとこのサイトが閉鎖に追い込まれるのも嫌なのでやはり、事務所に経費を申請。

1-1 経費について
経費と言っても隊員支援経費のことなのだが、これがやっかいで、「別にホームページがなくても活動できるでしょ」。隊員支援経費からの支出は無理ですと断られた。んーん。そこで、「隊員全体の活動報告をジャマイカ人にアピール」を前面に出し、「隊員全体の」ここがみそらしい。ということで、詳細は不明だが、事務所の広報費かなにかで支出してくれた。

1-2 ホスティング選定
次にホスティング会社への支払いだが、クレジットカードが使えないし、立替払いも×。銀行振り込みのみ。これがやっかい。最初に日本国内の会社を検索。結構充実していて、安くて高機能な会社を選定。銀行振り込みもOK。しかーし、海外の利用はお断りさせていただいております。これはショック。仕方ないので、ジャマイカ国内、米国を中心に検索。ジャマイカでもホスティング会社はあるのだが、登録システムや決済システムがかなり未成熟で、サービス情報が不足しすぎ。電話かけないといけないのが面倒くさすぎるのでボツ。やはりIT大国アメリカの情報量はすごい。サービスもいいし。ただ、銀行振り込みを認めているところは限られている。それでもアメリカ。時差もないので、サポートも受け易い。globat.com

1-3 コスト高
しかし、これが高い。日本で現在自分が使っている会社は月300円で初年度費用は諸々で6000円位だったが、今回契約した会社は1万1千円くらいした。まぁ、銀行振り込み手数料とかもあるけど。サービス内容は高いだけあってこっちの方が充実しているが。なにせ、Webスペース5GBですから。
高くてもここに固執しないといけない理由は、銀行振り込みを受け入れてくれるかどうか。この条件をクリアするのは意外に難しい。

2.持続性
このWebサイトを今後JOCVが居る限り持続させる。これは目標である。しかし、ジャマイカJOCVの機関紙が休刊になったりしている現実を考えると組織だった活動をしないと自分の任期とともに閉鎖が関の山だな。
持続性を確保するべく、チームホームページを設立、将来有望な隊員を継続的に参加してもらえるかがキーポイントになる。チーム構成は下記の通りで
コアメンバーは各担当に一人は必要かと思われる。

リーダー
コンテンツだけ担当(日本語)
英訳担当(日本語を英語に翻訳)
技術担当(記事をホームページに加工)


2-1 コンピュータの知識

ほとんどの隊員が日本からノートPCをもって来ジャマし、自分でプロバイダ契約をし、その設定をしているので、隊員は一般の日本人よりパソコンの知識は高いように思われるが、それでもホームページを作るというと敷居が高く思われているようだ。
しかしながら、ことホームページ関しては深いコンピュータの知識は要求されない。とくにデザイン部門では、ホームページ講習会を開くことでフォローすることが可能である。実際、訓練所の同じ班員は現在も、自分の活動をインターネットにアップしている。
管理者レベルになると、若干コンピュータの知識と対話能力が必要とされるので、コンピュータ技術の人が適任かと思われる。

2-2 英語
これが、英語による情報発信のボトルネックになっていると思う。しかし、完璧な英語ではなくてもどんどん発信していくことに意味があるし、隊員にはカウンターパートがいるので、ネイティブチェックをかけてもらえる環境になるし、それが、話題づくりや、普段詳細なところまでカウンターパートに伝えられなかったことを文章を通して伝えらる波及効果もある。また、アメリカンピースコもいるので、他人の力をどんどんかりていきましょう。
とはいえ、やはり日本人はシャイ。なかなかやってくれる人はいないが、英語の得意な人に是非。

こんなことを3月下旬から6月1日まで副業でやっていました。楽しかったからいいけど。サステナビリティが重要ですね。今後は。

2005年5月30日

PCM(Project Cycle Management)研修

PCM研修を受講する機会を与えてもらった。JICAが開発途上国においてプロジェクトを実施する際に用いている手法である。隊員個人の活動とプロジェクトの実施とは大きくかけ離れているが、例えば何代か後の後輩隊員を含めた配属先との関係と問題点を考える場合には、こういう手法の知識はあるに越したことはない。
研修は全て英語で行われ、事例研究が中心に行われた。その事例を短時間で的確に理解しないとダメなので、自分の英語力ではついていくのに精一杯。一応手法の理解は出来たので、ちゃっと修了証書をもらえました。

pcmcer.jpgPCMとは、現状の問題点を洗い出し、それらの関係を表にする。そのなかで、ボトルネック(専門用語ではCore Problem)はなんなのかを見定める。次にそれぞれの解決策を原因と結果等関係のなかで対応させて表